バチンキークイズ

ばちゅ!!!

はいなんて言ったでしょうクイズ。

 

1バチンウニ

2バチンキー

3バチュル

4バチコリータ

 

相手が答えてから確実に後出しで不正解を叩きつけることができる、友達をイライラさせる遊び。やりすぎると絶交されがち

 

 

 

 

なんだこの知恵比べ

 

 

 

自力で解釈するあたりの偉さ、でちゃってまんがなおじさん3.

 

 

 

 

 

 

 

法源とはそもそも国際法の存在形式と定立形式を意味し、いかなる形式が法として認識され、いかなる手続きを経ていれば法的拘束力のある合意とみなされるのかという問題をもつ。

法源は形式的法源と実質的法源に分類され、形式的法源は法規範としての効力を有する存在形式、実質的法源は形式的法源の基礎となるものである。

国際法の「法」の用いられ方として、拘束力あるほう的権利義務関係全般に

 

 

・意義、紹介

 

慣習国際法(かんしゅうこくさいほう)、または国際慣習法とは、国際法法源のひとつである[1][2]国際法法源としては慣習国際法のほかに条約があり、またこれらに加えて国際司法裁判所(以下ICJ)はICJ規程38条第1項(c)に定められる法の一般原則国際法法源に含まれるとする見解が有力である[3]。基本的に批准などの手続きを行った国だけに適用される条約と違い、国際慣習法はすべての国々に普遍的に適用される

 

現代の国際法の原則の多くは元々中世ヨーロッパにおける慣行に由来したものが多く、近代以降から国連の成立まで慣習国際法は長く不文の法として国際関係を規律してきた[5]。国連の成立以後は条約によって規律される分野が増えて慣習国際法の適用範囲は狭まったといえるが、しかし条約には基本的に当事国間に限り有効という制限があり、条約が規律しない国際関係については今なお慣習国際法が適用される[5]

1969年の北海大陸棚事件ICJ判決では国際慣習法について、「まさにその性質上、国際社会のすべての構成国に対して等しく効力をもたなければならず、自己の都合のために任意にいずれかの国によって一方的に排除しえないものである」と判示された[6]。そのためこのような性質をもつ慣習国際法は、慣習国際法が成立した後に誕生し慣習国際法の形成にかかわっていない新独立国に対しても拘束力が及ぶことになる[4][1]

 

 

 

国際慣習法(以下文脈上明らかな場合は「慣習法」という)とは、国際司法裁判所規程381bで「法と して認められた一般慣行の証拠としての国際慣習」とされる。国際慣習法の成立には、諸国家の一般的な 慣行という事実的な要素と、それを法として認める「法的信念」という心理的要素の2つの要素が必要で あるとされる1。 このように述べると簡単だが、国際慣習法はそれぞれが他の条約や原則、理論と過去の裁判例と密接に 結びついて成り立っている。本稿は国際慣習法が抱えている問題点の検討を通じて、現代国際社会の在り ようも考えたい。 

 

 

(・慣習法の種類

 

1一般慣習法 一般慣習法とは、ある慣行が国際社会で一般的な承認を得て、その拘束力が国際社会全体の国家に妥当 するものである。成立には、一般慣行と法的信念の2つの要素が必要である2ノルウェー漁業事件では 「国際慣習法は利害関係を有する実質上すべての諸国の明示もしくは黙示の合意がなければ成立しない」 と述べられている3
2
特別慣習法 それに対して特別慣習法とは、地域的なものや二国間のものといった特定の地域のみで適用される国際 慣習法である。一般慣習法との違いは、黙示の合意によってその拘束力が説明されることである。ある地 域で複数の国家による慣行があり、その慣行が後に特別慣習法が成立した際に明示あるいは黙示の合意を 行った国家に、特別慣習法として適用される。また、特別慣習法を国際裁判で援用する際は援用する側に その慣行の立証責任がある4。 成立に必要な要件は「継続的かつ統一的な慣行」と「法的信念」が必要とされている。 これは、アヤ・デ・ラ・トーレ事件5での判決からくるもので、この事件は外交的庇護権の慣習法化が 争点とされ、その判決においてICJが『「継続的かつ統一的な慣行」と「法的信念」が必要である』と述 べたことから、それをもって特別慣習法として適用されると考えられる。尚、この事件はこれらの要件を 満たしていないため、慣習法化されなかったと判断された。 また、インド領通行権事件6ICJ判決では特別慣習法の存在が認められた。 

 

 

 

 

2要件細かく

1一般慣行 一般的慣行は諸国家の一様な行為の繰り返しにより成立する。一般的慣行の成立に必要な国家の数や種 類は一律ではない。国家の数は普遍的である必要はなく、一般的であれば足りるとされ、種類について は、利害関係国を含む必要があるとか、大国、強国が含まれねばならない、国際社会に異なった国家グループが存在することが考慮されなければならないなどとされる。なお、少数の国の一貫した反対は、慣 習法の成立を妨げるものではない。もっとも一貫した反対国理論によれば、一貫した反対国は当該の慣習 法に拘束されないとされる。成立に必要な期間についても「継続的かつ統一的な慣行」が必要であるとさ れたり、逆に、「短い時間の経過は、必ずしもあるいはそれ自体として、新しい慣習法規則の形成を妨げ るものではない」とされており、一律ではなく、おのおのの事例について、問題の性格やそれをめぐる利 害対立の程度などに照らして、個別的に判断するほかない。 近年では、国際関係の緊密化や国際機構の存在などによって、比較的短期間に慣行が成立する傾向が指 摘されている7 

2法的信念 

法的信念とは、ある行為が国家の法的義務として、要求される国家の信念をいう。つまり国家が一般的 慣行に対してその行為が国際法によって必要とされており、なおかつ現行の国際法に適応していると認識 していることである。これは、すべての国家が法的信念をもっていなければならないわけではなく、一般 的、普遍的法的信念があれば慣習法の成立要件を満たすとされる。それから普遍的受諾がされるとする 「推定的受諾」などの理論がある8。 近代では国際社会の構造変化により、諸国の法的信念の多様化や、社会主義国発展途上国による伝統 的国際法規範のいくつかに対する普遍的妥当性の否定や、慣習法の成立に参加しなかった国をなぜ拘束す るのか、とか、成立時にあったとされる法的信念の一般性がうしなわれても慣習法は存続しうるのか、な ど様々な問題提起されてきた。近年では、「国際社会の一般利益」の概念が強調され、一般国際法規範の 成立を容易に認めようとする議論もある9 

 

 

国際慣習法の形成過程 

国際慣習法の成立には概論でも述べたが、国際司法裁判所規程381bによると慣習法には2つの 要素―「法として認められた」、つまり国が「認める」という法的信念の主要的要素と「国際慣習」とい う一般慣行などの客観的要素―からなっている。これらの要件があれば一挙に形成されるのではなく、段 階をふんで形成にいたる。その過程はおおまかに、まず第1段階で諸国の闘争と協力、ついで第2段階で 行為規則についての合意、そして第3段階で法的拘束力についての合意、の3段階からなりたつ。 第一段階では、国際会議での発言などの最初の行動を起こし、これに対してその他の国が同意、批判、 抗議などの反応を示す。第2段階では、諸国の様々な行動を通じて一定の慣行があるかが問われ成立す る。そして第3段階で法的信念が成立される。こうした段階があり、法的拘束力ある規則が国際慣習法と して成立される。 慣習法はすべての国家を拘束する一般国際法として一挙に成立するのではなく、当初は少数の国の間で 形成され、それに他の国が「合意」することにより一般化していく。この一般化の過程ですべての国家が 「合意」を明示するわけではなく、合意、反対どちらも明示せず沈黙している国も存在する。これらの国 は合意を「推定」されることになる。 基本的に慣習法は諸国家の「黙示の合意」によって成立する。ただし、多数の国家が支持する慣行には 「合意の推定」が働くとされる。 これらの過程を進めていくなかで、反対をしつづけていく国は一貫した反対国理論が適用されるとされ ている10。 )

 

 

 

 

・条約の慣習法化

 

立法条約により形式は当事者間のみを高速する条約であっても、条約の規則内容が一般法としてふさわしい内容・価値を有しており、将来的にその規制内容が国際社会全体に打倒することを目指す風潮が高まる中で、条約の慣習法化が進んでいる。

不文の慣習法を成文化した条約規定(reflect)、多国間の立法条約の形成過程の中で慣習法に成熟し、条約の採択・署名時に慣習法としての効力をもつことになった条約規定(crystalize)、条約の採択・署名や批准による発効時には慣習法ではなかったが、のちの慣行によって慣習法としての効力をもつことになった条約規定(norm-create)がそれを示している。

 

 

 

 

・北海大陸棚事件
1
事件のあらまし 本件は1958年に締結された大陸棚条約の境界画定について西ドイツ、オランダ、デンマーク3ヵ国 で争われた事件である。 1945年のアメリカ合衆国トルーマン宣言以来、沿岸海底区域に対する各国の権利主張が盛んにな り、1958年には多数国間条約による制度樹立を企図した大陸棚条約が締結された。1960年代に入り北 海で海底資源開発の可能性が高まると、沿岸諸国間で大陸棚の境界画定を行う必要が生じた。 当事国のデンマーク、西ドイツ、オランダは各国隣接国間で1965年と1964年に条約を締結して海岸 から一定の沖合地点までの間に、主として等距離方式に基づく部分的な境界線を合意した。しかし、両地 点以遠の境界に関しては、見解が対立し合意に至らなかった。他方デンマークとオランダは1966年の条 約で、北海中央部分の海域に等距離方式を用いた両国間の境界線を画定し、西ドイツに対しても有効であ ると主張した。しかし西ドイツはこの境界線の第三国に対する効力を否定した。北海沿岸の形状デンマー ク、オランダの海岸が北海に向かって凸状なのに対し、西ドイツの海岸線は凹状であるため、等距離方式 によって境界線をひくと境界線が内側に引き寄せられて西ドイツに不利になるからであった。こうした各 国の見解の相違により1967年に国際司法裁判所に付託された。 この裁判での付託内容は、境界画定そのものを行うことを裁判所に求めるものではなく、条約によって 部分的に決定された境界線を超えて各々に属する大陸棚区域に関して「境界画定に適用できる国際法の原 則と規則は何か」が論点となった。
2
各国の主張 デンマークとオランダは大陸棚条約第62項に規定された原則によるべきであり、当事国間に合意が なく、かつ特別事情も存在しないかぎり、境界線は等距離の原則を適用して決定されるべきである。ま た、大陸棚第6条の等距離原則が条約成立後に慣習法化されたので、西ドイツもこれに拘束されると主張 した。 これに対して西ドイツは、等距離方式は国際慣習法の規則ではないから大陸棚条約の当事国でない西ド イツには適用がなく、本件に適用されるべき規則は、各沿岸国は海岸線によるべきであるとした。また、 もし等距離方式が採用される場合であっても、西ドイツの海岸の形状はこの方式からの逸脱を正当化する 

69  

特別の事情を構成すると主張した。また、西ドイツは同条約の締約国でないので、6条に拘束されること 

はなく、さらに、6条は慣習法化されていないと主張した。 

3判決 

ICJは、大陸棚に関する沿岸国の権利は、その行使のためになんらの法的手続き、法的行為を経る必要 

のない事実そのものに由来する固有の権利であり、沿岸国に初めから属しているものである。したがっ 

て、西ドイツが主張する、未配分な部分の正当かつ衡平な配分を受けるという概念にはなじまない。ま 

た、沿岸国の大陸棚に対する権利は沿岸国の陸地領域の海中への自然の延長である点に由来している。し 

たがって、デンマーク、オランダが主張する等距離方式を採用すれば海岸線の形状によっては一国の自然 

の延長である大陸棚を他国に帰属させる可能性があり、等距離方式を大陸棚制度に固有のものとすること 

もできない。と述べ、デンマーク、オランダの主張を否定し大陸棚条約が慣習法として、成立していない 

と判決を下した。 

ICJは判決のなかで、慣習法の成立要件として、条約規定が潜在的に一般的法規則の基礎を形成する 

「根本的に規範創設的性質をもつこと」、次に「その規則が一般慣行となるために、広範かつとくに影響 

を受ける国の参加があること」、そして「実行がそれに法的義務が浸透していることの一般的承認を証明 

されるように行われること」の三要件をあげ、デンマーク、オランダの主張はこれらを満たしていないと 

した。 

また、条約成立後「短期間であっても、全利害関係国を含む、非常に広範な、代表的な参加があるこ 

と」、つまり、「条約の多数参加とその代表性」の要件が満たされれば、短期間でも慣習法は成立すると した24 

4小括 

今回の紛争においては、これらの要件を満たしていないので、境界線の画定に関する大陸棚条約の規則 は慣習法として成立されなかった。 尚この裁判判決には判決時からさまざまな議論がある。しかしこの裁判により境界線の画定において慣 習法として認められていたら、この3ヵ国の国際関係の悪化を招く要因として慣習法の存在が出てくる可 能性があった。それらをふまえると今回の判決は国際関係への影響を抑える判決だったのではと考えられ る。また、大陸棚にかんしてはこの裁判の他にも日本が争ったオデコ・ニホン大陸棚事件など数多く争わ れており、それらの裁判においてこの北海大陸棚事件の裁判判例が援用されており、もし今回の事件で要 件を満たし慣習法として成立されていたらその後の事件の判決時にまた違った判決をもたらし、国際関係 が今と違ったものになっていたとも考えられる 

 

デンマークとオランダは同条約62項に規定された原則により境界線は等距離の原則を適用すべきであり、かつ同原則は条約成立後慣習法化されたため西ドイツも拘束されると主張した。一方西ドイツは等距離原則は慣習法ではなく、また西ドイツは同条約の締結国でもないため

 

 

 

・総括

 

これまでを通して、国際慣習法は、これからも変わっていく法の一つであると考える。国際慣習法の成 立要件とされる、一般慣行、法的信念には曖昧な部分がある。例えば一般慣行を見ても、どこからが一般 慣行で、どこからそうではないのかが問われる事例も多く存在する。理論や裁判例に関しても、国際慣習 法は不文法が多く、文書化されていないこともあり、ひとつの裁判だけでもさまざまな解釈の学説、論述 がある。これらの分かれた解釈が、国際紛争のおきる要因のひとつになってしまうのではないかとも考え られる。一貫した反対国理論の考察で検討した裁判判例の漁業事件などのようにあらかじめ明確に法典化 しておけばこのような紛争が起こる可能性は減り、判決による経済的影響ならびに、判決後の国際関係で なんらかの経済的影響を被る可能性も回避することが出来ると考えられる。法典化に関しては、これまで 

70  

挙げた裁判例のように、国際慣習法化しているか問われる裁判も多くあり、19世紀以降、そして第二次 世界大戦後は国連の国際法委員会によって、国際慣習法の形式にする法典化作業が行われてきた。しか し、実際には、法典化条約であるからといって、すべての国家が批准しそれを締結するわけではないとい うのが現状である。 しかし、対照的な考えとして、全ての国際慣習法を法典化してしまうと、これまでさまざまな説が述べ られているが、これらの説から新しい説が述べられることがなくなり、国際慣習法の発達がしないことに もつながるのではと考えられる。個人的な見解にもなるが、国際慣習法はさまざまな面で未成熟で、これ からの国際会議、紛争により国際慣習法の問題提起がされることによって、国際慣習法として成熟してい くのではないかと考える。また、未成熟、黙示、曖昧により、慣習法が成立していることにより、これか らの国際社会、国際関係の変化に対応していくことが可能となっているのではとも考えられる。 また、アヤデラトーレ事件判決やアイスランド漁業事件判決において、裁判の審理の範囲外と述べるな ど国際紛争においてでも裁判の限界はある。この点を解決するためにも今の国際慣習法がもつ曖昧な性質 によって考えられる解釈の一つ一つが解決策とも成りうると考えられる。 裁判での判決について考察すると、これまであげた裁判判決を見ても、他の裁判においても、インスタ ント慣習法論や、比較的短い期間で一般慣行が認められるなどの違いはあるものの、判決では二要素論が 根強く支持されている。この点に関して、裁判官にも学説などで様々な解釈がなされているように、様々 な解釈を判決時に述べることにより国際慣習法の新たな適用が見出されるのではと推測する。しかし、 様々な解釈があることにより、国際慣習法の違う規則や条約との矛盾が生じたり、国家ごとに様々な解釈 をもつことになり、新たな紛争に繋がる危険すらある。その点を考慮するとICJが二要素論を軸とした方 針をぶれずに支持しているからこそ、多岐にわたる論理を展開していくことができ、過去の裁判からの援 用が可能となり、慣習法化へと繋がっているとも考えられる。 また、国際慣習法は国によって批准や国内法への変遷といった受容の度合いも異なる。アメリカやイギ リスなどのように国際法を国内法に積極的に取り入れる姿勢をみせる国もあれば、経済的、国際関係にお ける立場を理由に受容に対して消極的な国も存在する。衡平の原則により考えれば国家間における立場は 平等の立場とされているが、実際は前述で述べたように、経済的影響がないとは言えず、さらに裁判の限 界もあり、うまく機能していないと考える。これは、発展途上国など国により経済発展が進むことによ り、国際関係が変わっていき、そのなかで国際慣習法を国内適用していくことにより国ごとの差がなくな り、平等の立場がとれると考える。しかし同時に合意、反対どちらの意思を表明するにしても変化が生じ ると考える。これによって慣習法化に時間を要したり、一層の反対意見を述べづらくなる恐れもある。 これらを踏まえ、国際慣習法国際司法裁判所が基軸となり中立な立場での判決を行っているのではな いかと考える。これを支えるようにいろいろな解釈が存在し、国際慣習法の形成につながっており、ひい ては国内法にもつながっていると考える。 よって国際慣習法とは、それぞれが他の条約や原則、理論と過去の裁判例などと密接に結びついて成り 立っていることにより、多岐にわたる意見を生んだり他の理論や原則などに縛られることはあるものの、 国際慣習法の不文法としての曖昧さが、複雑な国際関係や国際紛争などに柔軟に対応できる法であり、ま た、さまざまな理論展開や国家間の討議により今後も国際慣習法は発展していくと推測することができ、 どこまで、慣習法化、法典化されても終わりということはなく、絶えず変化していくことが出来る法であ ると考える。 

 

 

 

 

そもそも慣習法の成立要件は、一般慣行の成立と法的確信である。大国や特別影響国を含む諸国の実行において、特定の事項に関する同一の作為・不作為が繰り返し行われて実行の画一性が広範に認められ、この慣行が法の規則によって義務付けられているという信念が要件である。すなわち、諸国家の広範で一様な実行と、従わなければいけないという義務的規範意識が要件である。

 

https://www.keiwa-c.ac.jp/wp-content/uploads/2013/12/veritas20-05.pdf

 

http://hrn.or.jp/activity2/guantanamo_report_Kazuko_Ito.pdf

 

http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/09-1/yakusiji.pdf

 

 

 

 

 

1条約とは国や国家機構の間において文書の形で締結され、国際法によって規律される国際的合意のことを指す。条約の成立にあたっては当事国の意思が重要な要素となり、定められた手順を踏むことにより意思の存在が認められる。条約の締結とは、外交交渉を経て合意に至った条約文の内容を署名ないし批准という要式行為を通じて国家が「国際法によって規律される国際的合意」と認める意思表示である。日本においては内閣がこの条約締結を担うが、事前又は事後に国会の承認を得る必要がある。実例では事後承認が多く、これを得ることで当該条約は批准される。条約の締結、解釈に関しては条約法条約がこれらの規則を成文で示している。

 

2条約の国家体制への影響と、条約の解釈について述べる。

(1)条約の効力の根拠はパクタ・スント・セルヴァンダの原則(条約法条約26条)に求められる。つまり、条約の拘束性は当事国間の同意によって発生し、拘束された当事国は条約の誠実な履行義務を負う。

 

(2)条約の解釈とは、条約当事国の意思に適合するように条約の規定の意味と範囲を確定することをいい、規定の文言だけでは必ずしも意味が明白ではないという前提に立って、その具体的な適用の条件を確定するための方法である(山本草二「国際法」【新版】612頁)。「合意は守られるべし(pacta sunt servanda)」との大原則のもと、「合意」のもとになる「条約当事国の意思」を尊重することがとりわけ大事である

条約法条約31条は条約解釈の目的・対象・技法について定めている。解釈の目的は当事国の目的は当事国意思の合致点を特定することにある。よって当事国意思を対象に文理解釈がなされる。1項のいう「用語の通常の意味」は、条約文・締結時の関係合意と関係文書の他締結後発生した合意と慣行や国際法の体系性、さらに条約の趣旨及び目的を指す。31条では意味が曖昧、不合理が生じるなど不十分な場合は、条約の準備作業や締結の際の事情に依拠して解釈することもできる(32条)。

(3)では、条約の解釈権者を有するのは誰か。それには条約内容を「当然の確知」事項とする当事国(第一次的解釈権者)、国際司法裁判所や条約上の国際機関(有権的解釈権者)が該当する。

(4)解釈が問題となった事例に、キューバグアンタナモ米軍基地での拷問がある。自由権規約には「この規約の各締約国は、その領域内にあり、かつ、その管轄の下にあるすべての個人に対し、権利を尊重し及び確保することを約束する」とある。グアンタナモへの被収容者は締約国の管轄の下にはあるものの領域内にはないのでこれに該当しないようにみえる。しかし、基地内ならこの規約が及ばないとすると著しく不合理である。現在は、目的論的な観点も含め当該条文内の「かつ」に強い意味はなくいずれか一方の条件を満たせばよいと解されている。

 

3.次に、条約の無効について述べる。条約の無効は、当事国間の同意の無効すなわち当事国の地位の無効である。条約が無効になると、その条約ははじめから存しないことになる。これには、相対的無効と絶対的無効がある。

(1)相対的無効は、事由が単に存するだけでは直ちに効果を生じず、主張されてはじめて効力を発生する無効である。①明白な条約締結違反、②代表者の権限の制限不遵守、錯誤、詐欺・買収などがある

(2)絶対的無効は、当事国の意思にかかわらず直ちに効力を発する無効である。これには①国の代表者に対する身体的・精神的強制、②武力の威嚇による威嚇又は武力の行使による国家に対する強制、③強行規範に抵触することが当てはまる。

①が問題になった例に、ボヘミアモラビアの保護関係設定条約の署名に際してナチス・ドイツが行ったチェコ・スロヴァキア大統領に対する強制が挙げられる。この事案では大統領を激しく脅迫し、卒倒したところで無理に署名させた。

②について、現在の国際法の下では武力による威嚇などは違法性を帯びるが、これは戦後おこった考えに基づくものである。武力威嚇による条約締結が違法でなかったことの証明としては、安政の五ヵ国条約の有効成立がある。①が国の代表者という特定の個人に対する強制であるのに対して、②は国家そのものを脅すなどして強制する。

 

4.最後に、条約の終了について述べる。条約の終了では、一度条約は有効に成立するもののその終了によって当事国の権利義務関係が消滅する。これには、条約中に明文で定められた終了とそうでない終了とがある。

(1)条約中に明文で定められた終了は、その条約に定める期限などの終了条件を満たして終了する場合である。日韓漁業規定の日本による通告に基づく終了がこれにあたる。

(2)条約中の明文規定によらない終了はさらに①合意による場合と②合意によらない場合との2つに分けられる。

①について、先例はあまり存在しないが条約は全締約国の一致によっていつでも終了させられる。新条約に切りかえる必要があるときなど、この方法がとられる。

②について、(a)重大な条約違反、(b)条約の後発的履行不能、(c)事情の根本的変化が起こった際に当該条約は相対的終了にかかる。(a)の「重大な違反」とは、条約の否定や条約の趣旨・目的にとって不可欠な規定についての違反を指す。(c)について、原則として一国の態度の変化や政策の主観的変更は条約終了の根拠にならないが、その条約を継続しがたいものとするような急激な変動が発生したときはこれが認められる。

同じく②について、(d)外交・領事関係の断絶や(e)当該条約と抵触する新しい強行規定成立があると条約は絶対的終了にかかる。(d)の外交断絶の例として、サウジアラビアイスラムシーア派に属する法学者の死刑執行を直接原因とするイランとサウジアラビアとの外交断絶が有名である。また、(e)について、条約は新たな強行規範が確立された日以降に限って無効となる。

 

 

http://reflawpractice.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-28c9.html

 

 

http://itl.irkb.jp/il/dInterpretation.html

 

 

 

国際法における主権概念の特質

 

1まず、国際法における主権概念の特質について述べる。

⑴国家の基本権についても自然法思想が用いられており、人間と同様、国家も生まれながらにして「生来的にもつ不可譲の権利」すなわち自己保存権を有しており、国の権利及び義務に関する条約により、国の平等と不干渉原則が定められている。

 

⑵そして国家主権とは対内的主権と対外的主権にわかれる。

対内的主権は国内における最高・絶対の権利であり、統治権や領有権があたる。

対外的主権は、国家が外部の権力に対し平等である権利であり、独立権・平等権があたる。

歴史的にはヨーロッパ中世の封建社会の崩壊に際して、絶対君主の排他的な統治権を確立するために唱えられ、やがて国内の民主化を経て、領域や国民に対する支配権を意味する対内主権と、国家の独立権としての対外主権へ分化したものである。国家はいかなる外部的な権力にも服さず、主権平等原則は国の大小にかかわらず国家が法的に平等であることを意味する。このように主権は国家のすべての権利・権能の総称であり、歴史的には国際法の規律からも免れる絶対的権力とされた時期もあった。しかし19世紀半ば以降は、自ら同意した条約を守り加盟する国際機構の権限に服するほか、国家の基本的義務も当然に尊重すべきと考えられるようになった。他方、2005年にフランスとオランダの国民投票で否決された憲法条約を経て、新たに基本条約を採択した欧州連合EU)に代表される統合化の過程で、国家主権の一部の機能が制約される現象も認められる。また戦後占領や政府の崩壊などからも主権行使が不可能となるが、イラクアフガニスタンのように新政府が樹立されると主権機能は回復される。以上が国際法における主権概念の特質である。

 

2国家が対外的主権としてそれぞれ独立権を有することの帰結として,他の国家の国内事項には不干渉の義務を負うとする国際法上の原則を負うとするのが国内問題不干渉義務である。国際法上,干渉とは一般的に他の国家に強制的に一定の状態を維持,あるいは変更させることをいい,強制の要素を含むことと解される。そのため単なる勧告は干渉とならず,国家の同意がある場合も干渉とならない。干渉は原則として国際法上違法行為とされるが,国際法違反行為に対してなされる制裁あるいは抗議,自衛権に基づく行為は自助としてその違法性が阻却される。このほか,国際連合が行う強制措置に参加する場合,条約によって一定の事項に関する干渉が容認されている場合も,それは違法とならない。しかし,他の国家内における非人道的な措置に対する人道のための干渉が,容認されるか否かが国際問題となったように,国際的人権保護の向上,経済の相互依存の高まりに応じて内政の範囲それ自体に変化がみられ,不干渉義務にも関係してきている。 (アジア=アフリカ会議 )  

 

 

 

内戦への干渉について[編集]

かつては、他国が反政府軍に対して軍事的・経済的援助をすることは違法な干渉にあたるが、逆に合法政府の要請に応じて他国が政府を支援することは干渉ではなく、協力であって違法な干渉にはあたらないとされていた。しかし、内戦は通常、国を代表する資格が争われているものだから、既存の政府から要請があったからといって、そのことをもって他国による内戦介入の合法性の根拠とすることには「自決権の尊重」という観点上問題がある。そこで今日では内戦に対する他国の不干渉義務が確立したと考えられる。友好関係原則宣言では、他国の内戦不干渉義務が明記されている。ただ、植民地独立のための内戦に関しては不干渉の原則が適用されないのではないかという問題提起がなされている。つまり、自決権の尊重という観点から、植民地本国に対する支援を慎み、従属下に置かれている人民の独立闘争を支援するべきであるといった見解がある。前者、つまり他国による植民地本国への支援の禁止については国際法上確立したと考えられるが(国連総会決議1514)、後者、つまり自決のために武力闘争を行う集団に対して支援することが認められるかには争いがある。1974の国連総会決議3314では、植民地支配に対して抗争を行う集団には他国に対して支援を要請し、その支援を受ける権利があることが確認されたが、その支援の内容が明記されていなかった。そのため、援助の内容が精神的援助なのかそれとも精神的援助に加えて物質的援助も含むものなのかで争いが残っている。

人道的干渉について[編集]

人道的干渉も内政不干渉の原則に反する。しかし、国際社会において人道的干渉は内政干渉にあたるとは考えられていない。しかし、それを理由にその国の制度・法律・政府などを変更しようとした場合は完全に内政干渉である。

国際機構の干渉について[編集]

国際機構の内政干渉はよくあることだが、厳密に言えば内政不干渉の原則には反している。しかしながら、このようなことが表面化した問題になることはあまりない。

不干渉原則の変遷[編集]

冷戦後は西欧諸国により、基本的人権法の支配といった価値観をもとにした他国の国内問題に対する干渉が行われるようになっている。ただし、これらの概念はウィーン宣言及び行動計画にはその重要性が明記されたが、一般国際法上の強行規範として未だ承認されたとまでは言いがたく、民主主義の強制のための他国への干渉は、当事国の批准した条約に関するもの以外は国際法上妥当性を欠く。

内政干渉が議論となる例[編集]

内政不干渉の原則は歴史的に流動的に確立されてきた、国際関係における国権のありようについての主張の一つであり、国際連合における基本3原則の一つ(内政不干渉、戦争の違法化、集団安全保障)であるが、利害衝突する関係国の間で議論されることがある。

国連決議によらない経済規制、とくにアメリ覇権主義における経済制裁として議論されたものとしては、1996年のキューバ解放と民主連帯法(通称「ヘルムズ・バートン法」。アメリカによる対キューバ経済封鎖の法律。第三国との通商にも罰則が適用される。)がある。

ほか、ユーゴスラビア紛争ソマリア内戦ルワンダ内戦など20世紀後半の民族紛争における人道的介入について議論される。

歴史的な事件がしばしば内政不干渉の原則から論じられることがあるが、今日の観点から安直に混同したものも多く、当時の国際法体系において違法性が指摘されているわけではない。たとえば、ハワイ王国へのアメリカの干渉および併合や、シッキム王国などに関して。

精神的支援は内政干渉には相当しない。外国政府や政党、市民団体からの自国文化や法体系などへの干渉的発言について、慣用的に「内政干渉」なる用語を用いられることがある。例えば、中国政府は、 チベット問題ウイグルなどにおける独立運動や、国内の劉暁波らの言論の自由を求める中国民主化運動への弾圧に対する欧米での批判について、内政干渉であるとして抗弁することが多い。しかし、こうした使用法は国際法上に明確な根拠があるものではない。

 

http://flatenergy.hatenablog.com/entry/2017/01/30/「内政不干渉原則」のメリットとデメリット