善は急げ、悪は延べよ

これでワンプレートらしい。

善人は急いだ方がいいよ〜ってニュアンスに思ってたが、悪は延べよ、と来るなら話は別だった。

悪は延べよ!

 

悪は延べよ!冥界より出でし混沌の祈祷師、その血を代償に禁断の黒魔術を解き放て!

 

この文章の読み方は、

悪は延べよ(ダーク・インフェクション)! 冥界(ヘル・ゲート)より出でし混沌の祈祷師(カオス・ソーサラー)、その血を代償に禁断の黒魔術(ベテルギウス・ファイナルデーモン)を解き放て!

 

 

 

両サブロムスパボまでいきまんた。

まあ明日、マスボまで行きますわ

どうやら3桁くらいまであげてから放置しといて、

最終日に参戦ってムーブでよさげ。

どれか一ロムでも最終2桁、記事、つべ、と整備を深めていきたい。

 

 

さて、

りあるもんの断捨離こんまりこじんまりキンプリ。岸くんがナチュラルにビューティーコロシアム。永瀬廉に惚れてる女は結構依存体質。さて、副業でキンプリ占いはじめましたどすえ。わちきのフリーランスが暴れてもうてんねん(笑)なんならキンプリ占いメソッドを情報商材として売りつつコンサルして、一人が10人にキンプリ占いを広めていくことで、ネズミ講的にマルチビジネスを展開し、最終的にキンプリ自身にキンプリ占いをさせたところ、ウロボロスとして全メンバーが頭を肛門につっこんだ形となり、真のking and princeが爆誕したそうな。そんな中歌われたシンデレラガールは、大層趣深いものだったとか。めでたしめでたし。

 

 

 

別れました。

 

最高の気分。最後全部飯おごらして。

ドクズとしての自覚はもち、有言実行以外の妄言は慎むことだけは守ろうねい

いつもそう。俺にくぎづけにさせて搾取して、捨てる。これはまだ真実の愛を見つけてない。バツ4見えてきた。ならせめて上の世界、目指してこうや。キム兄、一生ついていきやす。

エピソードこしらえな。せっかくやぞ昇華すんべ

性根のどこにも優しさなどないことを痛感させてもらえた。その点、おいらをオッスおらオッスにしてくれた。S,根源的にS。SMプレイ的にはMも楽しいけど根本的にS.蝉時雨。ミンミンゼミ。

 

すべらない話全部見てる。

これはさすがにあれすんべ。

お笑い月間といきます。

 

俺まじで飯おごらせすぎだね。なんなんだろ

すげえ権力者ぶるのだろうね。器小さくて好き

でも思い出したわ

いや、俺をうまく飼い慣らしてた。女性には結局操られる、それは男のあれとしてしょうがない、にしても凶暴。野性爆弾。まじでくっきー。むしろロッシー。

 

依存系ひき予選のなに?母的あれを東映?映画泥棒?

もっと絶望的なクズさに関して、隠す必要一切なし。なぜなら、結局つじつま合わせになる、レベルでしょうねがエンペラータイム。ほんまにクラピカ。根っからのクラピカ。心臓に鎖巻きついてる感覚あったが、そういうことか。

 

ファッションも確証得たわ。D学生のよわよわし系もういらん。徹底的に強さでおけ。暴力的でした。余裕で月夜の孫悟飯。ピッコロに林檎もらいつつ、今日も修行に励みたい。

 

エピソードなあ

ろくでもないことしかないなあ

楽しかったのは確か。なんら後悔もないし、未練もなく

ポケモンTNさちこの話、じゃんけんでおろすか決めたはなし

俺が卒アルで子供できるのはやそう2位、ある意味あれした話

くらいか。なんか

結局俺が死ぬほどあれでした。わら

 

さて、リテラシーの欠如ぶちこみ侍だったわけやな

こっからっしょ、正味。

 

彼女は俺をひきとめるためあれも提供し、罠と誘惑を貼って、そして俺もある程度自覚的にも、無意識的にもその罠にかかって、それが将来に向かって結実する何かでないことは少なくとも俺には明確にわかっていたしこの点、「くだらねえ恋愛」だったと胸を張って言える。

多くのことを学んだのは間違いないが、間違いなくくだらねえ。

それを断ち切ったことで、今見通しがよすぎる、

考えてみれば出会いから、継続の理由、全てがゴミで、死ぬほど愛おしい

オカルトサークルに搾取され、何もかもに搾取される信者系依存系、それなら俺の教祖みに向こうから見出してくれうる、そんな形で俺は生存戦略しちゃってんのよ、思春期以降な、

 

こちらも小学生にもどらな。

 

あの頃オカルトでなく、俺の中にあるそういう側面もまだ向き合う前

母の願い通り、正確なニーズへの反射のみをシンプルに実行してたそれ。

仮面優等生にすぎず結実はしなかったし思春期のリビドーを前に全て捨て去ったものの、

あれは間違いなくよかった。

小学生。女子にウィンクしてたし、投げキッスしてたし、(ちゃんとネタとして)

修学旅行での好感触間接話法、家庭科の刺繍全部やってもらう(ここらへんも女子に家内制手工業やらせる生粋の二ストの片鱗だわ)、

なぜか4回隣になった席替えのくじびき(女子の策略)

ほら。そしてエリーチオになるべく調教されたわてくしは下心も恋への興味も異性へのそれも特に溢れることなく、性そのものへの概念的興味と胸の膨らみの神秘さへの憧れくらいで、あとテレパシー少女蘭ナチュラルに精通。そのあとの秘密のち・か・ランドは賢者モード

そんなんだから女子も安心感があって、2枚目風の謎奴だけどまじ下心はないから嫌悪感ない〜!ていうことでしょうか。

それでしょ

 

そう簡単にいかないこともない。メソッジオ思い出したんで。

 

小学生の時の暮らしを思い出さねばなるまい。

 

 

 

今週のお題「暑すぎる」

松岡修造

 

 

 

 

小学生の時の暮らしを思い出さねばなるまい。

 

夜更かしなどせぬ。

明治文豪の文体的なやつな、そして外山滋比古的な

 

夜更かしなどせぬ。

抑夜は眠い。昼に遊び、ありったけ遊び、言いたいことを言い、言えなかったことを少し心に留めつつ、しかし全力で眠る。今はどうだ。見なくてもいい情報を見て眠る。間延びした時間を過ごす。言いたいことも言えず、POISON。言えなかったことに適当な理由をつけて忘れたふりもする。

ゲーム。昔は自室に持ち込まなかつた。どうしてもクリアしたいゲームは、日曜、朝親より3時間ほど早起きして、こっそりとクリアしたものだ。ポケモン不思議のダンジョン、時。ワクワクだけで起きた。空腹すら気にならないほどに。だいいち、サンタを信じていた。

今は、自室のベッドの上でPCとラジオとyoutubeと。雑多がすぎる。ゲームもpcに出力して保存しながらやってゐる。なるほどそれは文明の勝利である。当時との垂直的比較で資本主義的データベースのダイナミズムの波には乗った。と同時に卑怯にもなった。情報商材的であつた。詐欺的であった。限られたリソースを奪い、ここまで自分の陣地だと線を引く狡猾さが生じた。揶揄されても動じないかりそめのメソッドとマインドを会得して、完璧と最悪を手にした。

運動。動きたいという根源的な衝動があった。リビドーに通じるその性の端緒をみずみずしく育んだ。なるほど社会的性質を多く含んだ今となっては、誰かれ友となり自然の中に遊ぶことは不道徳ともいえよう。しかしやはりそれは本質でもない。民法が定めた一夫一妻も所詮私的自治の範疇であつて、人間の本来的な構造とはズレが内包されてゐる。シティーボーイなるもの。公園という自然の遊び場から、街へと遊び場を変えること。自然な成長である。科挙に受かり宦官となるもまた選択の一つといえど、あくまで去勢されたくない動物的側面を重視してゆくものである。すなはち人との自然でときめく交流。相対的幸福に縛られマウンティングを繰り出すだけの哀しきクリーチャーに成り下がるべからず。生きることの絶対的幸福と、その共有という素直な悦びのみにうちひしがれんと欲す。

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有言実行。抑小學生、學童の時分、自然と有言実行であった。やるといったらやつた。だがどうだ。できないことへの無限の根拠づけを手に入れ、いつでもそれらしいエピソードを拵えるストーリー・テラーとして腕を上げてしまった。確かに科学的推論・アカデミック記事に基づく考察により、主観をなるべく排除した形で現状を分析することはできていよう。だがそれは畢竟、前のドミノが倒れなければ次のドミノが倒れない機械としての受動性を得たに過ぎぬ。帰納的に正しくとも、それを理解できないほどに四方八方に発散していた學童の探究心も持ち合わせねば、科挙にすら受からない。蓋し、即ち今必要なのはまず科学的推察を過去に当てはめることの禁止である。辻褄合わせにしかならぬ不要な雄弁さを捨てる。そもそも勘定を捨てよ。

勘定せず。小學生の時分、勘定していたことといえば、即席的な他者の行動心理くらいである。仲良くなりたい、これいったら快・不快かなあ。その小賢しさくらいでよいのであろう。そしてそれはあくまで数秒後の自分の動きやすさの確保を焦点としていた。それで良い。未来だとか、明日だとかそういった抽象的概念まで設計に組み込む勘定などしたこともない。余程の憧れでもない限り、数十手先の手筋まで確立しその設計通り実行するなど藤井聡太でもなければ不可能な所業であろう。

歌。肥後君とヂュオを結成し只管に歌っていた。蓋しエリート街道を歩まされようという負荷はすでにありつつ、その抑圧への発散を自然と音楽という芸術に昇華してゐた。抑圧への解消は常に物差しを持っていて良い。フロイト様様である。すなはち合理的解決、昇華といった方向へ行ければ良いが、大多数は近道反応、合理化、代償、投入、同一視、、それはまだ一時の防衛機制として緊急避難たりうるが、ひどければ退行、反動形成、逃避、こうなれば元より劣悪な視界状況に陥ることすら儘あるであろう。今行なっているのは逃避でないか、というのが思春期の時分常に脳内にあつた。それは実際逃避であった。当時はあまりにフラストレーションが混んでいて実体が掴めぬまま奈落のそこに引きずり込まれるのみであった。今は違う。違うのにまだ逃避するか。逃避は大分逸してきた。だが今行っている防衛機制のほぼ大部分が合理化である。自分の選択に合理的解釈を加へて納得させてゐる。それで何か刺激的な体験にも繋がらないし、おそらくはサーモグラフィーで見れば脳の保守的な一部のみ赤くシナプスが連携してしまってゐるのであろうか。

 

畢竟、まとめるならば認知的不協和の除去である。すなはち

・昼に遊ぶ 人に会う 科学的推論よりリビドー 余計なことに口を挟まず、小学生のころやってたレベルでの推論まで。将来まで勘定しない、少なくとも今の自分に関してそれはまだ破滅への系譜にしかできない(周囲がそれを如実にはんえいしている) やりたいことは持ち越してワクワクをとっとこハム太郎。ハムちゃんずとしての自覚

・ベッドは寝るのみ ゲームは部屋でやらない ブルーライト見ない 夜ちゃんと疲れるまで昼に動く プライベート空間には電子機器、周波数出させないローランド

・抑圧を感じた時フロイト防衛機制を想起し、後ろ向きのベクトルによる防衛を図っているなら冷静に対処する

特に昇華、歌は親和してきてるし救ってくれてる。ないがしろにするのは自殺行為

空中戦はまだ圧倒的に不可能である。まず地に足をつけた状態での。今更新し続けている規範はそれはそれで自分にとって適切なものは設定はできてるが、あくまで勘定はもう無駄であることは今一度思い出しつつ、確定的に正解だと導き出した、アダプトした今すら捨てる、それもまた一興でもいいが、合理化のシナプスをそっちに転がす準備を着実に仕掛けい。表される今の人間模様を明確に、素直に、推察とかでなく小学生的に絵日記に残すのは趣深いが、それ以上になんらかの思考束縛や行動制約に関係させるな。て

 

 

 

 

ヨルシカ、ずとまよ、YOASOBI。もうお気づきだろうか

 

 

0年代、サリンから厭世観が蔓延する時代感の中、インターネット表現は反動的に加速し、特に2chニコニコ動画の全盛期が訪れた。

そんな中ボカロPがバーチャルシンガー初音ミクを用いた厭世的・享楽的な音楽に創意工夫を凝らした。

その申し子たちが今、ヨルシカ、ずとまよ(ずっと真夜中でいいのに)、YOASOBIといった人間があえてボカロ的な音楽をみずみずしく歌うニッチが大当たりしている。

 

これら3アーティストに共通していること。もうお気づきマリアだろうか。

いずれも名前が夜に関連しており、かつ4文字であるということを(キャーーーーーーーーー!!!)

 

夜に関連するということは、次のようなことを意味していると考える。すなわち、インターネット全盛黎明をすでに敏感に察知していた0年代当時のボカロPたちやねらーたちが、確かに予感していた、一億総インターネット化時代、そしてその暗黒さ。それを夜と表現することに親和性、自然さがあったのだと推察する。

ヨルシカ=夜しか(もう眠れずに)、

”1stミニアルバム『夏草が邪魔をする』の収録曲「雲と幽霊」の歌詞の一節「夜しかもう眠れずに」から取られた。 また、目のようなデザインのロゴマークは月と月が向かい合っているモチーフで、時計の針にもなっており、「6時から夜」という意味が込められている。”

ずっと真夜中でいいのに。

YOASOBI