2020年11月18日 鬼滅の刃(漫画 85点) 銀魂(アニメ 85点) 僕の人生には事件が起きない(95点)

 

 

 

 

マックダウングレードして使ってるから鬼滅の刃へんかんででてこん

 

 

太陽(有機物、命、この世界の理)vs太陽の下で暮らせない(=無意識、命に反するもの、不条理、この世界で本来起こりえない因果、)

の根本構造がまず既に良いよなとなんども思う。

鬼の目的が、太陽の下で生きることって大義名分が素晴らしい。即物的でない、大きな示唆にみちあふれてる。あと呼吸法がひとつ作品の核になっているのもとてもいい。生物として大事であるだけでなくもっと広い意味で生きることの必要な要素だからイメージしやすい 戦闘系の話で呼吸に言及してるなかでも一番わかりやすく読んでて楽しいとおもう 

絵本的でもあるし、示唆があるから、抽象性の階層を落としてシンプルな勧善懲悪ものとしてきりとったとしてもその奥行きから十分子供が感銘を受けられるほどの説得力がある。そこらへんは、コンプレックス転換リビドーの勢いで描き切る男性作家とは一味違って、毎月生理が訪れ。若さと老いにより敏感であることを要され、絶えず生と死について考えざるを得ない女性といういきものならではの物語の示唆だとおもう

ハガレンとかとも共通するところはキャラクターの大義名分のわかりやすさじゃないだろうか。男性作者のキャラクターは記号的なとこがおおかったり、もともと陰鬱なやつがリビドー爆発してる分気移りしたり発狂しそうなな感じがするというか。それゆえの危なっかしさ、成長度合いに主に男性は投影していくのだろうけども。アルもたんじろうも家族のため、戦うという筋は絶対ブレない。そしてどちらかというと「たんじろうは俺だ」と投影して没頭していくタイプではなく、物語自体の奥行きに心を動かされていく方メイン。思春期の少年でなくとも幅広い世代がハマれるだけある

あと読みやすさ 文字数といい内容の入り組み方といい、一定を超えると読むのにエネルギーが必要になってくるし、理解するために多少ストレスもかかってくる 特に週刊誌ゆえの特質から興味弾き続けられればそれでおけー時間稼ぎ上等のテクもあるだろうが、そういう不自然さはそんななくて物語全体としての流れがスムーズだと感じた それはやはり太陽、呼吸といった題材の示唆、わかりやすさ、物語の一貫性

 

岩切って鬼狩りになり、十二鬼月ですらない鞠のやつら倒しつつ重要キャラ珠世にであい、屋敷でつつみのバケモン倒しつつ善逸と猪と仲間になる

さびととかが最後までちゃんと一貫して確かに物語に存在しているあたりも本当にグレイト

十二鬼月の累倒して、修行して、無限列車のって、映画にするだけの迫力と訴求力あったな確かに。たんじろうの無意識空間の澄み渡り方泣いたし、俺の家族を侮辱するなってとこも相変わらずすばらしい

煉獄の死、上弦vs柱のレベルに戦いは高みへ

遊郭潜入 コミカルもありつつ兄妹愛というテーマをからめた上弦の6との戦闘

 

 

遊郭おわったあとちょっとグダッてた気がするな

 

柱の試験みたいなやつとか、まあコミカル要素は試験・修行タイミングでぶっこんどかなあかんってのはあるが、、

あと刀の街いくあたり、無一郎の無は無限の無、らへんはちょっと全体的に弱かったなと感じた。

壺のやつも、じじいも、微妙だった。アクションもよくわかんなかったし、

 

そもそも女性顧客も掴むためには地位は早めに確立しているべきであるし、(鬼殺隊)

物語の方向性がぶれないためにラスボスは早い段階で登場していないといけないし、

メイン読者層の男性が飽きないように絶えず階段を登ってはギリギリのところで勝って、もっと強くなるため修行して、その中で世界のシステムに迫っていく

戦闘メインに据える漫画なら、この制約だけでももうだいぶ型が決まってきてしまうのも事実な気がする そのなかでどう差別化していくのかは本当に大変なものだ、だがそう考えれば、グダリというより、どのエピソードも毎回しっかりストーリーが強いなかで、ちょっと弱いっていうだけのことかもしれんね

このワクワク構造を過剰に追求し現実的なスケジュールや漫画家本人の身体を度外視してしまった結果ハンターハンターのようになるが、あれも冨樫オンリーワンのなせる技であって。

 

 

だが上弦の参、

の試合はどれも本当にすばらしい

 

まず参は

強気ものに敬意を示すまっすぐさ、煉獄と対峙したときからもこの鬼はネチネチしたことじゃない、ある種の人間らしさも感じた

一方彼の「闘気」という言葉から闘気を消す、無我の境地に至ることを勝利の糸口として掴んだたんじろう

それをたたえ運命を呪うことをやめ、自ら死を選ぶ参、よい物語だった

 

感情が理解できない非人間の冷徹さ、気持ち悪さと、

親がいないカナヲと伊之助ぶつけた時点でまあ勝ちですね

伊之助の生い立ちの導入とか

とにかくこの漫画はキャラクターの生い立ち、大義名分の描き方が本当にいいぜ

 

日の呼吸に相対する月の呼吸。

双子、日の呼吸の系譜、ここで紐解かれる

呼吸の派生の概念もよくて、月は太陽に照らされなければ光らないっていうのもまたニクい。

太陽がこの宇宙のひとつの根幹であることから、太陽、日の呼吸が根幹であるとの話もまたすとんと納得がいく

鬼を弱体化させる稀血、鬼をくって取り込める稀地これもまたワクワクしたね

 

無惨

7の心臓と5の脳を回転させるvs12の型を回転して繋ぐ

これいいですね

12は時間を司る数でもあるしまたわかりやすい

ただ正直いままでの十二鬼月の戦闘が大義vs大義としては結構な読み応えと達成感があって

こっからラスボス頂上決戦となると、どうなるんだって感じだったが

珠世やしのぶたちの結晶だったな珠世が死海古文書的にマルチに対応できる伏線張ってるからまあ便利なもんではあるが、珠世のおもいってとこでまあ納得かな

プラス全員瀕死から透視して這いずり回るやつもまあ、勢いやよし

だがネズコや

そしてたんじろうの最後のネズコ噛んで抗体ゲットするあたりの表裏一体のすれすれの勝利みたいなのもなんかやっぱ丸く収まっててすごい

ネズコがみてきた景色が物語をさらに重層的にしていてすごいなと思った

 

どういうブレインストリーミングすんだろね

トラウマ系・病気・障害・コンプレックス

重度から軽度、書き出して

魔王陣営を形成

 

世界観の設定

 

主人公陣営はそうして上記の絶望面とすれすれで生きつつも重要な要素をもっている

・呼吸

・人間としての正義全般

 

魔王陣営の、比較的雑魚なコンプレックス具現化魔物から順に主人公陣営と対峙させて、

たえず誘惑もちかけて

修行して

成長、世界のシステムを

 

少年向けならね

日曜劇場的にすれば地位。魂の純真さという地位の継続性から女性も安心して飽きずかつ啓発本的な男性顧客も獲得。復讐、正義 組織力ビシネスといった方面へも接続

(ルフィの海賊一味はビジネス的組織ではない、と いうことで多分ミュージシャン寄りだろうか)

 

絶対に必要なのは家族のストーリー

母性・父性

なんならなくしても、魂の高潔さから、克服していくのが望ましそうだ

母性については、多分かけてると主人公にならんので 悲しい思い出として、断片的にしておくことでストーリーは強くなりそうか

父性 これは結構自由か

 

そして兄弟愛 

ライバル

仲間

 

必然性

 

 

今週のお題「鍋」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バーニーズ

 

 

 

自分の中高時代が死ぬほど鮮明に輪郭を取り戻してきた

 

庶民の俺が、ボンボンの群れの中でいかにハッタリをかまし、自分は上位の価値観(というか、さまざまなリソース的余裕の)持ち主であるかの如く虚飾をし、

実際は余裕のない偽物であるとバレるのを恐れ、過剰に他者の目を気にして、クラスで日常的に会話やノンバーバルの中で繰り出されている些細なマウンティングを怯えながら観測し、自分なりにインプットし、そしてそれに対して自分は的確な言葉を的確なタイミングで言い落とすことでポジションを失わないことに神経を尖らせていた。哀れな庶民。

 

(ちなみに、相対的に哀れな庶民と言ったけど、そういったマウンティングは実は小学生みたいな雑多な野良集団相手じゃむしろこちらの方がリソースが上なので、僕は様々な面で搾取する側に立っていたんだ。

結局、小学生は何も考えてなくて瑞々しいとかいうのは全くのデタラメで、見事に親の経済力や素養、将来の見通しや精神的余裕というパラメータありきで、それを受け継いだ子供同士の代理戦争でもあった。いや、そんなこと小学生の時点では誰ももちろん自覚してないし、大人になり死ぬまで一回もそんなことに思いを馳せない人もたくさんいるだろう。でもこれが正しいことは次の事実からわかる。「かつて神童と呼ばれた」人間の多さである。神童とまでいかずとも、小学生時代は生き生きと活動していたと自負してる人なんてクソほどいるだろう、それは、地域という区分で乱雑に分けられた適当な集団サンプルゆえに単に野良の雑魚家庭も混じっていて、多少の素養があればマウンティング取れるからだ。その「全能感」をあとから瑞々しさだの無敵だっただの神童だっただのと、頭の悪い美化をしてしまうのだろう

 

さて小学生時代は勿論ご多分に漏れず全能感に満ち溢れた見通しと風通しの良すぎる生活だった。

 

そしていざ難関の扉を叩いてみると、自分は実は(今、客観的に、経済力や、文化的素養や将来の見通しやら精神的余裕を総合的に考慮すると)、自分が中の下だとは。

まあ入学当初、はおろか、卒業して数年経ってようやく気付いたレベルだ。。プラス僕の個人的な性質として鈍感というのがある。

(ここでいう鈍感とは、資本主義的な切迫感、危機感が皆無

=これは原因はおそらく父。父が田舎の長男で、親とも敬語で喋るような形式的伝統の墓場、男尊女卑もお手の物みたいな暮らし。そんな中で、ほんとうに、ただ生きてるだけで崇められる日々、あたかも王のような振る舞いが許されていた、そこからくる「結局どうにかなるでしょ」というイニシエーション無視の上の傲慢ケセラセラ精神を育んでいて、それは僕もしっかりと父の背中から学んでいる ケセラセラ自体の(能天気という)良い面もありつつ、しかしやはり人間が生きることはそんな厳しくないので(どの口が言う)、まとわりつく甘さはぬぐい切れない)

 

とはいえ、それでも僕も認めてもらえるだけのはあった。

まず観察眼。自分が余裕ある人間だと虚飾し、それがバレぬよう日々周りのマウンティングを恐れるがゆえ、人間観察がすぐれすぎるっていう、まあ、あるある。引きこもり体質の、被害者根性が発達した幼稚な精神性の証でもあろう。だから、俺が特別観察力が優れていたとかじゃないことは注意しておきたい。観察力があるというより、観察せざるを得ない状況に立たされていた。

で、これも父よね。つまり田舎では王様気取りで、なるようになるで過ごしてきたし、それゆえ受験とかもそこまで見通しを失わず、大きく躓かず立ち向かえたのだろう。(話の端っこを聞いたけど挫折とはいえない中途半端クソエピソードだった)

だが東京に出て自分の甘さを痛感させられ、もっと貧困であったり、生活のレベルで行き詰まりがあるような人の生命力を見る中で、自分の「お幸せ」な立ち位置を流石に意識的にではなくとも、違和感として痛感せざるを得なかっただろう。無配慮で過ごせば自分がわからずやのボンボンだと誇示する裸の王様になってしまうことは流石に察知するから、そこで、気配りの人になるわけだ。※このタイプの気配りはただのストレス溜め込みand裏でモラハラパターン直結型。俺調べ。笑い方に余裕なし。バレバレ。いっぱいいます。一瞬で分かります。中高時代の俺もそう。

 

そうやって能天気に生きてきたがゆえに成長を阻害されなかっただけのラッキーマンだが、周りに気を遣いだす。しかしそうなったらもう終わりだ。価値が磨耗していく。処女膜は破れ、精神的娼婦として際限なく人々をよいしょするしかなくなる。なぜなら今までラッキーがゆえに、本来みな対峙せざるを得ない「人間的な、醜くも本質的関わり」をパスして傍観できてしまっていたからだ。草の根的な泥臭さで生きてきていないが、偉そうに振舞う癖とプライドは染み付いているから、なんとか気配りによって自分の甘さを隠しつつ立ち回る選択に至るのはごく自然だ。

しかし社会に出てやっていく上で、そんな小手先の誤魔化しは通用しなくなっていく。なぜなら周りでがんばっているのは、生活をかけている人、守るべきものがある人、もしくは真に夢や目標がある人。そういった人たちとの人生の速度感の違い。焦るだろう。二世タレントみたいなものだ。バンド組んでモラトリアム延長しても、見つかるものなんざ何一つない。

ゆっくりと磨耗し、精神的娼婦は歪な笑顔が板につき、自分の甘さを隠すように人をとりあえず持ち上げるしかコミュニケーションの取り方がわからず、人を騙すようにしかつきあえず、その裏でストレスを抱えて、モラハラ脳味噌が固まっていくんだ

 

そしてそれはまさしく俺もそうだった

幸い中高という段階において早めに経験できたのが本当に財産だと心から思っている。

社会に出てからではなかなか気づけないし、そのまま欠陥持ったまま家庭を持ってしまい、目には見えない(もしくは目に見える形で)虐待が連鎖していく。断ち切ることは容易くないだろう

 

幸い、色んな面でのそつなさが高くていらっしゃった 文化的素養という面では母が、ポテンシャルという面では父が高くていらっしゃり、常識力、文章や絵や音楽への造詣、突出した何かがあるわけではないながらも、メジャーどころは足切りかからないだけのポテンシャルを引き継げたのは運が良かったと思う、自分でも。

 

ただ経済力、文化的素養は実はそこまでではなく、というより問題は両親の幸福についての欠陥?というかトラウマ的思考回路?逃避的な

いや違うな

多分これは父の不安定さを母が背負った結果生まれてしまったものです。うん。

そしてそれが俺に降り注いだという話。

 

内定が出てる人の面々見てるだけであーってなりますね

医学部行く奴も

なるほど、家庭だわ。

庶民で頑張ってるやつもいるけど、本当に、しっかりしまくってる。中3の時から行動を起こしてたもの。多分彼は、既に気付いていた。自分が庶民であること、庶民は普通に生きてたら絶対に上のレベルにいけないということ。

その危機管理能力というか、馬鹿力はなんなんだ?

ただね、俺は思うよ。それは父性ではないと。父性とは、子供に狩を教えることだと思う。

 

その庶民は俺の当時から旅行も行き今でも仲良い3人組の1人なんだが、その3人に共通してることは、一人っ子であることと、父親の父性が欠如してること。(だから仲良くなるんだろうなと、すごく納得してる こんなふうに見てるやつ、やばいのかな??)

そして彼の場合、父はモラハラの人であり、緊張感の人である。それはエピソード聴いた上でだから確か。そしてこれ以上はなんの意味もない邪推だが、本当は自信があるわけではないからこその強がりだろう(まあそりゃ大抵そう。)ゆえの緊張感、プライドの高さ。

でも、それは一応子である彼にも受け継がれ、実際今のところ順風満帆なルートを辿っている(出世ルート的なのをずっと歩んでる)

なのでそんな彼が一番好きな小説は池井戸潤である。笑うしかないレベルに納得しかないな。

もう1人の方も父が銀行員ですね、それと母が教授のハイソ、どうみても育ちが抜群で人当たり最高。ただしその過剰な丁寧さはつまり?そう、モラハラだね。モラハラの連鎖だね。家庭に緊張感持ち込むのは雑魚ですよ。父性の欠如。

(ちな?母性は母がおおらかに笑ってることだと思う。)

ほら、父性の欠如をどうやって乗り越えるか、なんとなく集まって傷の舐め合いなのか、なんなのか、やってんだろう。強固な絆?ノンノン。

 

庶民だから危機感持たないと死ぬという緊張感を継承する彼と、

育ちはお坊ちゃんだが父が「人に舐められてナンボ」をモットーとする精神的磨耗、酒癖がよくないらしく(?)友人の彼は酒を死ぬほど毛嫌いしている、

庶民だけど王様気取りで傲慢ケセラセラやって、プラス自分の甘さは気配りと自己啓発本で補強する、そのはかないプライドが家庭に緊張感をもたらす父性のかけた我が家

すごく良い三角形だな、こうしてみると

芸術的ですらある。

 

あとは、

俺の頑張りの集大成である、

ここにかけない(書いたら全部バレる)レベルの固有名詞見たいな職やってる父をそれぞれ持つ、たぶんうちの3-10倍くらい稼いでる彼ら。

二世タレント性という点で俺とシンパシーはありつつ、俺は庶民として庶民であることを悟られないようにしながら彼らのようなナチュラル強者と同じ土俵に立とうと、それはそれは心血注いで頑張ってたんですよ。

今考えると彼らに対して感じてたジェラシーの様なものの正体だ。

だが人間、うまくできてる?もので、彼らの方が二世タレント的な側面は強く、それゆえ俺のような成り上がり(まあ虚飾、誇張とかもあるんだけど)を受け入れてくれてるのかもしれない。

中高時代は俺が絶対的に弱者であることだけは深く痛感してて、そばにいるだけですごい自己否定に見舞われ続けたけど、でも一緒にいるのをやめることはできないみたいな、そういう感覚でいたなー懐かしい、ヤンキーとかも似たような精神構造だろうな。結局人が集まったら精神構造に多様なこと起きてるだけなんよね、そこに成績も頭の良さもそんな関係なく、人間の社会的動物としての本能と、生物としての本能と、。

 

後から聞いたら笑っちゃうレベルにすごい仕事してるから、もう今となっては、割り切れてしまうよね、悲しいが

彼らの父は確実に父性は溢れてる。父性溢れてれば当たり前のように社交的でいられる。これだけのことだが、即座に判別できる。世の中のメンヘラは全員その父がカス。

だが風情が溢れてる場合、尊敬が先にあるからこその恐怖があるんだなーいやー人間ねよくできてるわ。医者の子供がグレることもあるように、まあそれだけ刺激的で本質的で逃げ場のないところにいれば、リターンを得るためのリスクも、必然的に大きくはなる。そういう大きなものを動かしていくのに対して心や体が追いつかなければ当然、破綻してしまう。鬱になったり、体壊したり。そういう怖さもあるよね 庶民は気楽なもんだ

そういうバランス関係にあるのかもしれないな

 

あとは

 

バンド・デシネ。

正直そこまで乖離してない状況だと思われる。父性についてはドラムと俺以外ある。ただ庶民4人であり、それがボンボン無視して普通の高校生やってる

 

 

 

 

 

 

https://qiita.com/maangie/items/59e704df4ee23a72dcdf

 

https://manga1001.com/%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%83%8F%E3%82%9A%E3%83%A9%E3%83%88%E3%82%99%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%82%99%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%83%BC-raw-free/

 

 

 

 

今週のお題「鍋」

 

 

僕の人生には事件が起きない

僕の人生には事件が起きない

 

ハライチのターンで聴いた話が多かったが

文章にしてもなお色褪せない人間的なライフサイクル、感じれた

ラジオでほぼ知ってる話だったので5点だけマイナスでもラジオリスナーでも買うべきなのは間違いなし。

 

浪人時代ハライチのターンを聴き漁って、俺スピッツじゃんって気づいたりもしたし、とにかく岩井ありがとうラブ

岩井すごく自然な人間としてのライフサイクル、新陳代謝が好きなんだ

ハライチのターンは、コーナーは10週継続できれば「本当のハライチのターン」のコーナー化される。この情報や趣向の新陳代謝アップデートのシステム、そして「これが俺なんだ!」おなにーを回避する照れ恥じらい、実に人間じゃあないか。

深夜の馬鹿力くらい示唆があるコーナーを大々的に打ち上げることもラジオ、ひいては人生においてロマンでありつつ、そんな大博打にでず、静かに生活を見つめるその視座。人間じゃあないか

 

浅田真央への違和感を口にできる。人間だ。岩井

 

どんな分野でも結局一番上にいるのは人間なんだけど、

その下の有象無象は、まじでもう人間じゃねえだろってほど意味不明なマウンティングと、宦官的奉仕に溢れてるから

必要以上に声がでかいやつとか大体ゴミだからな 人間なら緊急時以外声張る必要ないし セックスアピールとしての声のデカさはいいけどもそれもそれで

勝負の世界とか特に。ミュータントとして特化してんだ 代償?なのかはわからないが、人間性を捨てる人も一定数いるように見受けられる ビジネスもそう。資本主義社会においては社会自体が慈善事業じゃないし、シンプルに殴り合いだし、権力暴力可視不可視マウンティングの応酬的な部分もある

 

そこから正確に脱却して人間性を錬成し洗練し続けている岩井の日常はやっぱり良い。

安心感がある

 

俺も日常に目を向けよう

 

たとえば下のようなことを思ってる

 

緑黄色社会みたいなバンドが死ぬほど嫌いなんだ俺は。

人間性をかなぐり捨てた奴らが嫌いなんだ

ミセスグリーンアップルも嫌いだ

髭男は所詮地方からの上京精神だ

作曲家たちはちょっとキモい

若さを売りにしてるインスタとかに価値を切り売りする女キメエし、それをよいしょしてるオチンポざむらいが全員ゴミなんだ

 

しょうがないんだ。こういったことを感じ取ってしまう自分はいる

 

でもアウトプットをちゃんと装飾しよう。自分が損する表現方法は自分が損する。あたりまえ体操

昇華しようや

生活の彩り方として岩井さまのスタイリッシュさを見習おうと思った。

固執がない。張り詰めた行き場のない害意もない。 多少のスパイスとしての毒はあるが、確かに、いわゆる「事件」は起こってない

でもそんあもの必要ないから

俺は過剰に仮想敵を作って(それは大抵自分の中のその要素を嫌悪してる か、ないものねだりか)、過剰にまくし立ててやってきた節あるし今も、まだ制御ができてないじゃんね

岩井さま

 

岩井さま