よく考えると長い間、人格を現実から分離した位置においておくことでつらい環境に耐えてきた。
まず家庭、言わずもがなのゴミ。簡潔にいえば機能不全家庭、特に父の異常性が光る。母は素晴らしい人間なのに、父の不在、父性の不在のために、毒親性を一層光らせる。これによりアダルトチルドレンとなった。これはよくある話。最近父方の祖父開催の、親戚一同の家族会があったが、相変わらず俺にとってはこの血は最高の地獄で、ダイナマイトで爆破してブルドーザーで片すべき愛すべき繋がりである。
そして中高。イベントに余すことなく参加し、心から楽しい時間は一秒たりとてなかった。形而下では、いじめられるなどは全くなかった。むしろ、周りからはかなり賞賛を受けてきた。期待もされてきた。自分自身もそこにすがっていた。
義務教育である中学時代は大人の言いなりでいることでも優秀さを保てたが、高校になったとたん本当に人生のすべてがつらかった。一番つらかったことは、(その事象自体がつらかったわけではないが、、←その時点でもう感情が麻痺していた気もする)、「もっと自分を大切にしなよ」とか「自信もってよくない?」「なんでもできるでしょ」と心無い言葉を浴びせられてきたことだ。
形而上で、完全にいじめられていた。俺の認識の問題だろうか?
糞詰まりの家庭の家政婦として、風俗嬢として、俺が目の前に迫りくるあらゆるイベントをコンサル的に多角的にフレッシュにスマートに解決していけば、それが波及して家庭の新陳代謝もよくなるんだと思っていた。
だが、周囲の人々はそもそも家政婦ではなく、風俗嬢でもなかった。俺は俺なりに戦っていたのに、何が「もっと自分を大切にしなよ」だろうか?
浪人時代は深夜ラジオをひたすら聞いていたのと、スピッツを聞いていた。
勉強した記憶もないし、4月に買った赤ボールペンを使い切ることもなく1年が終わった。第一志望なんてなくて、そもそも未来に関する志望も希望もなかったが、メンツが保たれる理由のつく大学に入った。
大学に関しても初めはつらかったが、最終的には大正解だった。これは本当に運が良い。
とはいえ、中高がみんな東大に行く環境だったので、大学入った後も東大落ちとか、似たような境遇の人たちでクサクサしていた。
まずこの時点で、大学時代のトータルでの人間関係の希薄化はだいぶ決定していた感はある。
プラス、コロナが大学2年くらいから大流行。
コロナに関してはむしろ表面的には救いだった。人と会わないことが正当化された。
とりあえず入った方が正常な人間の擬態ができそうだと入ったゼミも、コロナのおかげで人間関係が一切はぐくまれない状況でうまくまぎれこめてしまった。
そもそも外出禁止で、イベントも開催されずで、
そこに所属だけは置きつつ不参加であることが許された唯一の世代だった。
この擬態は、就活と、入社にやや役立った気がする。
それがいいか悪いかは知らない。たぶんよくない。(笑)今苦しんでる、ちゃんと。(笑)
ありとあらゆるサークルに入ってはすべて気持ち悪すぎてやめてしまった。
すばらしい人たちのいる場に参加できていたのに、今考えたらめちゃくちゃもったいないが、あの時が一番精神的に病んでいたので仕方ない。
やめた後体育会に入ったがこれもどう転んだのか今となってはわからない。
それもコロナと俺の体調不良で結局引退まで続けることはなくやめた。
体育会の傍らでサークルを作った。
それから体調不良を治すための休学と、復学、就活。
ここで今までで一番の女性との出会いがあって、自分の全てと向き合えた。作ったサークルのおかげで出会えた。こんな薄氷を踏むような、一本しかない糸を手繰り寄せたみたいな人生だけど、案外ずっとそんなものなのかもしれない。
それから自分でもびっくりするくらいの幸せな日々で、そういえばその彼女とはじめてであったのも10月10日だったなあ。意識してなかったけど。
彼女のおかげで、ごみのまま終わると思っていた大学生活が最後の1年で奇跡の追い上げを見せて、誰よりも楽しかったといえるくらい楽しいものになった。
卒業式の素敵な写真、卒業旅行。
入社してからは、俺の過渡期性ですべてを許されながら、彼女含めていろんな人にまだまだ迷惑をかけていた。それを当然だなんて思っていなかったけど、そもそも未来に希望がない状況で光をくれたことが奇跡に近く、俺自身は返したいと思っていたけど、そういう余裕やエネルギーがまったくなかった。それに根本の部分で変われたわけではなく、そこが彼女からしたらずっと不安で不満だっただろう。そもそも独りよがりなところはまだそんなに治っていない気がする。笑
入社後も人に恵まれに恵まれ、それが俺にとっては非常に最高でありながら、一方で彼女をはじめとして、俺への違和感や不安を感じさせたまま、それでも、俺が成長しないでいれてしまえた。しばらくの期間、俺のそういうカスさを甘めにみてもらってしまっていた。俺の未来に期待だけしてもらっている状況。純然たるロングポジション。
そこで全然動けなかったのは、ただただ俺の怠惰。
ただ、、今までの人生の頑張り度合い(特に大学休学以降の人生の動かし度合い)を考えれば、この怠惰は必然。ここは開きなおらせていただく。笑
そんなんだから3年付き合った末に別れて、ひとりになった。ひとりになってみたら、俺には本当に何もないことがわかった。彼女からもらったものがあまりに多すぎる一方で。
だけど、何もないなりに動けることを確認したくて、一人暮らしを始めた。そして、ひたすら人に会ってみた。1対1で。
彼女と別れてから半年してないが、30-40人くらい?と会った。めまぐるしすぎて記憶があんまりない。
はじめはさんざんで、まったく会話にならないくらい信頼築けない人もいた。
でも、人と会って話して目的をすり合わせて、要求を出して、受け入れられたり拒絶されたりを繰り返すうちに、
だんだん俺は何が好きなのか、何がしたいのか、何が嫌いで許せないのかはっきりしてきた。人と会う、人と時間を過ごすうえで大切なことを学んだ。彼女にどれだけ甘えてきたのかを身をもって知った。
人と会うのに慣れてくると、自分の曲げられないこと曲げたくないことに関しては口論すらできるようになってきた。その結果ブロックされることもあったけど、むしろすがすがしい気持ちになれるようになった。今までの自分では絶対にたどり着けなかった境地だった。
家政婦では、風俗嬢ではたどり着けない境地。
彼女と付き合っているときもたどり着けなかった。彼女が光すぎて、彼女を叱るとかそんな立場になれなかったから。
でもそれでも彼女と向き合い切って、彼女からたくさんもらったこと、教わったことを、俺の中で実践しながら、自分の感覚に変えるべく、動いたおかげ。
その結果、気づいたら今まで会えないような人とも関係を作れるようになっていてびっくりした。
家族についてももうなにも我慢せず言うようになってきた。
うちは呪われているよね、みんな地獄にいくべきだよね~と。
ダイナマイトで爆破してブルドーザーで片すべき。かなり本心でそう。
ゴミ溜まり。糞詰まり。
俺の家庭に存在していなかった秩序・言語を担えるようになってきた。
父は相変わらずあらゆる環境に、持ち前のアートの才能をコンバートさせることで男性原理を保つ、寄生のゴミで、テニスも会話も下手だが。下手であることがアイデンティティなので終わらない輪廻の中にいます。何言っても無駄なのであきらめ。がんばれ。
母も母でずっと観念のゴミを放置して動かない怠惰で傲慢な人間だから、所かまわず叱るようにしている。
そう、私的な空間や時間についての俺の傷やトラウマについては、もう十分すぎるほど向き合ったんだな、そしてようやく真の意味で赦せつつある。
俺のこの突き詰めないと満足しない執着は俺の中で形になってきてうれしい。気持ち悪くていい。これでいい。
なあなあでもうまくやるなんてコマンドは俺にはない。壊す。壊れるべきものは壊す。意味のないものは意味がない。この世が巨大な海だとして、すべての波のプールはゴミで、波のプールをありがたがるやつも全員ゴミだと思っている。波のプールでもいいと思っているひとのことはもう知らない。
だが、困ったことに、中高大1までは共同体しぐさをかなり意識してコンサル的に実行していたが、疲れ果てたことで、意味がないのだと強く胸に刻んできた(そう思うことでプライベート・パブリックな領域でのストレスに耐えてきた)せいで、
また彼女とも共同体よりも個レベルの観念の対話をしまくってきたこともあり
共同体しぐさというのを完全に忘れ去っている。のが今。
まだ残存記憶で共同体しぐさ、精子しぐさを反射で拒絶しようとする自分もいるのだが、心の根っこでは実は別にもう拒絶もしていない。
だから、ちゃんと共同体に戻って生きたい、コミュニティに戻りたい、大切にしていきたい。
一個ずつ戻っていくことだと思っている。小学校の同級生がたまたま会社で営業から本社にきて、同じビルで働くことになるので、飯の場所を教えながらいろいろ聞きたい。
中高はいまだに個人個人で仲いいひとはいるものの、コミュニティ的なつながりは今はひとつたりとも残っていない。あと、個人個人で仲いい人ってのも、コミュニティから迷子な人とばっかり結局今仲いいので、
俺自身がちゃんと動いて、共同体コミュニティ的な方とも再接続していこうと思う。
その準備が整ってきているのを感じる。
大学、これはそもそもコロナもあったし大した仲なんてないので、今からラフに誘えばいいだけ。なんでもいい。始まってすらいない。笑
会社は、やっぱり、入社して以降、俺の共同体しぐさの下手さから、うっすら警戒されているというか、
現状、俺は、「理解ができないなぞの生命体」として君臨させていただいてる認識がある。
が、そういう状況だからこそ、日々の共同体しぐさのひとつひとつがPDCAとして実践できる環境だと思う。(ポジティブバカすぎるw)
いままでの人生の随所で(とくに中高、それと大学の体育会時代)なんとか食らいつこうと試してきたものの頓挫してきたすべてのコミュニティしぐさを、一回ちゃんと捨て去って、もう一回新たに一からインプットしていきたい。
初心に帰る。
やることは本当に簡単で、部活動みたいなこと。
誰よりも早く出社して、ごみを捨てて、全員となるべく挨拶して、名前をすぐ憶えて、何が好きなのか、何が嫌いなのかを(俺が頼りにしてきた俺のフィーリングではなく、確固とした情報として)整理して、即座に出すこと。
これ。まじでこれしかない。
必要となる共同体イベントを前もって察知して予定を入れる。過去事例もリサーチする。日頃からアンテナを張る。
話題について。俺が今まで目的意識がなくなんとなくマスターしようとしてきたせいでどれも中途半端になっていたけど、予定に入れてやる。これは仕事なので。精子として共同体で生きる上での。
・野球とサッカー(別に嫌いじゃないし、ちゃんと体系だって理解するところまでは礼儀としてやる。)
・競馬(年上向け。さんざんウマ娘やってたから、いつなんのレースがあるのかと、そこで活躍した名馬と、その血統はわかる。神。)
・酒
・観光、有名スポット、名産品(国内、海外)
・各人の人生グラフ、生活拠点、必要としている用品
ここら辺をちゃんと愚直にやる。遂行すること自体に俺が魅力を感じているので、できる。別に相手に関心があるからとかでもない。共同体で生きる。散々好き勝手個人で生きてきた、生きさせてもらったことへの恩返しとして。
MBTI的にいえば、あまりにもNFで生きてきたので、STをやる。ということ、ほんと愚直に。
読み返しても適応障害的なのかもしれない。アダルトチルドレンすぎるだけかもしれない。なんでもいい。
10月から、昇進して俺が回していく立場になった。これがひとつでかい。今までの下級生の立場は終わった。
10月に入って、俺がかつて一番迷惑をかけた大先輩とサシで飯をくって謝罪と、元気に頑張っている旨報告した。
こういう風にちょっとずつ風向きが変わってきている。
もう一度現実をやる、コミュニティに戻る。
しばらくそのための情報収集とアウトプットに使います。笑